企友会(バンクーバー日系ビジネス協会)カナダビジネスコラム&イベント報告

コラム & イベント報告(会報)
カナダ(バンクーバー)のビジネスに関するコラムや
企友会主催イベントの開催報告を掲載しています。

2009年09月13日

企友会会報 Breeze 2009年9月号から

こんにちは。理事を務めさせて頂いている長 勝博と申します。企友会ではセミナーや勉強会・講演会の企画や実施をメインにお手伝いしております。少しだけ自己紹介をさせて頂きますと、日本にて約9年IT系企業で仕事をしたのち、2006年にワーキングホリデーでカナダに来ました。現在は永住権を取得し、ベンチャー企業の立場で様々なビジネスに携わっています。

来加後すぐに、24時間営業のカフェで夜中の仕事をしながら英語を学んで、昼間は就職活動をしていましたが、ワーキングホリデーという期限の決まったビザと、まったく知り合いもネットワークさえもない中での就職活動は、思ったよりかなり厳しいものでした。以前からビジネスや起業には興味があり、前職の経験もあって、インターネットを活用する術は持っていたので検索していた所、企友会の存在を知り、すぐにボランティアとして活動に参加しました。
 
その後、縁があって2006年10月に今の人材カナダ(http://www.jinzaicanada.com)の事業を立ち上げました。私と同じようにカナダで仕事をしたい方や、キャリアを積みたい日系人をサポートする仕事です。多くの日本人はこちらカナダで何のネットワークやコネクションもなく、仕事探しやビジネスをするのに大変苦労する、という自身の経験からそれをお手伝いする側にまわった、というわけです。

企友会の活動に積極的に参加したおかげで、会員の方やイベントでお会いする方、またそこからのコネクションや知識も増え、かなりのネットワークを広げる事ができました。まだ立ち上げたばかりのベンチャー企業でしたが、ビジネスの機会もあったり、普段お話する事が出来ないような方と接する機会が出来たのも、企友会のおかげだと思っています。2008年度からは理事として活動のお手伝いをしていますが、現在の自分があるのは企友会のおかげだと心から思っています。

カナダの中ではまだまだ小さい日系ビジネス社会では、やはり「人」とのネットワークがキーになってくる、と実感しています。それをどう活用するかは自分次第で、自分から動かなければ向こうからはやってきてはくれません。そして、お互いにWin-Winになる関係を築いていく、という事が大事です。

2008年夏に行ったJBNセミナーで鮒谷周史さん、本田直人さんが「相手へのContribute(貢献する)」という言葉が私の中では大きく印象に残っています。また、自営業をしていた私の父親が、「仕事とは何ぞや?!お前が今までヒト様・社会から授受してきたもの、それを1もらってきたのなら、それを10、100、1,000、10,000、100,000 、1,000,000 にして社会に貢献し返す事、それが仕事や」と言っていた事が、現在の自分に強く響いていて、本当にその通りだと思うのです。

現在、「バンクーバー経済新聞」(http://vancouver.keizai.biz)や、まだ立ち上げたばかりですが、「バンクーバー広告社」(http://www.vancoad.com)の運営にも携わっており、それらに共通して言えることは「人の成功をサポートする仕事」である、という事です。

社会貢献、というと広義すぎて偽善な感じもしますが、今の仕事は自身にとって「天職」だと感じていますし、人材カナダを通じて日系の方のカナダでの成功をサポート、企友会での日系ビジネス社会への貢献、日系広告メディアの活性化、全てのことがそれに通じ、周りの人や社会への貢献が会社の成功に繋がり、また回りまわって自分の成功にも繋がる、そうでありたいな、と強く信じています。

今後も、企友会会員の方やビジネスに興味のある方に、セミナーや勉強会という活動を通じて貢献し、日系ビジネスが更に活性化していくお手伝いをしていきたい、と思っています。もっと多くの方が企友会の活動に参加して頂いて、ネットワークが広まり、深まり、それが盛り上がればきっと日系ビジネス社会は、カナダの中でもっと強いものとなるでしょう。

会員の方や理事、お手伝い頂いているボランティアの方々にはいつも大変な協力を頂いており、本当に有難うございます。また、その「感謝」を企友会の活動や日系ビジネス社会への「貢献」という形で繋げていきたいと願っています。

今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
企友会理事 長 勝博


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企友会会報 Breeze 2009年9月号から

日本ではようやく衆議院議員選挙が終わりました。今年は、この選挙もEXCUSEのひとつになってしまいました。

日本に木材を輸出する仕事をして今年で18年になりますが、日本の輸入業者が毎年決まった時期に、’木材を買わない言い訳’を繰り返すのには、いい加減、閉口しています。

正月は、挨拶廻りとやらで15日までは仕事にならず、3月は多くの企業が決算を目前にして、モノの購入を控える。4月の終わりから5月の頭はゴールデンウィークのため仕事にならず。6月は梅雨なので家は建たず。8月はお盆や担当者の休暇で仕事が進まない。9月は夏休み明けなので毎年力が入るのですが、今年はシルバーウィークとやらが阻む。10月になると、そろそろ東北・北海道は購入を控えます。で、そのまま12月を迎えるともう次の年まで待とうか、と。

その他にも、今回のように大きな国政選挙があれば、商売は小休止。ときには自然災害や外国からの要人の訪日、祭りや田植えまでが、木材を買わないEXCUSEになってしまいます。

テレックスやファックスが主な通信手段であった頃は、「まぁ、そういう事情なら仕方がないか」と感じていたものですが、インターネットや電話が格安な交信手段である今日、そのどれもが茶番に思えるわけです。

寂しいことですが、こうやって常にEXCUSEを準備しつつ自分たちの都合で商売をし、周囲が購入するときにだけ鼻息が荒くなるような輸入業者は、その規模をどんどん縮小し、やがて消え行く運命にあります。日本の木材業界は、常に勉強をして需要に的確に応える業者だけが生き残り、自分たちの都合で商売をしてきた輸入業者は廃業に追い込まれています。耳を傾けるべきは客先の需要です。

結局、国民の声に耳を傾けなかった自民党の大敗の原因は、こういうことなのかも知れませんね。
                                    
企友会理事 和田 健治
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2009年08月23日

企友会会報 Breeze 2009年8月号から

私がカナダに来てから21年。居住暦は企友会とほぼ同い年ですが、理事暦はまだ3年目の堀田直人と申します。企友会には1993年頃初めてセミナーに一般参加させて頂き、それ以来毎年各種行事に参加してきましたので、今こうして企友会のニュースレターに挨拶文を書かせて頂いていることに、心より感謝しています。文字として書き残すことで目標や夢を明確化でき、実現できるようになると言いますから、とてもよい機会を頂きました。

「初心忘れるべからず」という言葉がありますが、忙しい日々を送っているとつい怠慢になりがちで「初心」を忘れてしまいます。22年前に発足した企友会ですが、元々は1978年に発足していたトロントの「新企会」の存在が契機になったということです。当時、バンクーバー移住者の会で会長を務めていらっしゃった、久保谷ピーター氏を中心に移住者の会役員会で、「バンクーバーにも新企会と同じように、地元企業家らが集まれる会を作ろう」と話し合われたようです。

一昨年、企友会発足20周年記念行事に参加された久保谷さんと久しぶりにお会いして、旧交を温めることができました。久保谷さんには他の非営利事業団体でもお世話になったことがあり、私にとっては「初心」を顧みるよい機会となりました。いま縁があって、私も日系コミュニティやボランティア活動に携わるチャンスを得ています。その活動の中で、「何のために」「誰のために」ということを質問されたり自問自答することも時々あります。「自分がやらなくても誰かがやってくれるのではないか」という事もあります。

久保谷さんにもその事を確認したくて尋ねてみました。「1970-90年代、ボランティア活動で大変なこともたくさんあったと思いますが、その原動力となったものは何ですか?」の質問に、「仕事をしていると付き合いが限られていたのですが、コミュニティ活動をしていると様々な背景を持つ多くの人と出会い、多くの物事を学ぶことができます。ボランティアの継続は大変ですが、多くを学ぶ場所だと思えば、とてもやり甲斐がありましたよ」と久保谷さんは答えて下さいました。私も全く同感です。多岐にわたる歴史背景を持つ日系社会ですが、「コミュニティを見て育ち、育てられ、育てていきたい」という諸先輩方の思いを少しでも伝承していけたらと思います。

カナダに来た当時、英語の本、特に英語で書かれた詩をよく読んでいました。マザー・テレサがこよなく愛した詩(米国人作家ケント・M・キース)の一節ですが、ボランティア精神について参考になる部分がありましたので、書き出しておきます。
「何か良い事をすれば、何か利己的で不純な動機があるはずだと人に責められるだろう。それでも、良い事をしなさい」
「今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。それでもなお、良いことをしなさい」(前中後略)

大きな事ができなくても、身近で小さな事からでよいという考え方も、マザー・テレサが遺していますが、今後もその精神で、企友会等でのボランティア活動を出来る範囲で継続していきたいと思います。日系コミュニティは日系人(移住者、日系カナダ人、駐在者、学生、ワーキングホリデー)ひとりひとりで構成されており、内外関係なく皆が一員として既に「日系コミュニティ」という列車に乗っている状態と仮定すればどうでしょうか。しばらくの間、私も乗客として外の景色を眺めていただけでした。企友会に参加されたい方は「企友会」車両にいつでも移動して覗いてみてください。興味をお持ちの方は、会員やボランティアとして積極的に参加してみてください。必ず「企友会のために」なりますし、きっと「自分のため」「誰かのため」になることでしょう。

企友会理事 堀田 直人
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企友会会報 Breeze 2009年8月号から

私は1982年にLanded immigrant statusを取得し、カナダへ来ました。
 
日本で海外旅行に携わる仕事をしてきたので、その前にも旅行者として数回カナダに来ていました。

日本人の海外旅行を扱う仕事柄、カナダを含む一般的な海外旅行先は何度も訪れていました。

カナダを訪れても1週間未満の滞在期間ですし、各国を巡る欧州や南米訪問の旅でもせいぜい12日間くらいのものです。観光地を廻ってガイドの説明を聞き、自分の目耳舌で体験しながらそれらの国を理解するというパターンでした。それらの国を日本と比較して、良し悪しというか長所短所も含めて、自分なりに判断するという形で外国を理解していたのです。しかし海外旅行の回数も150回を超えてくると、ある国を日本との比較対象として見るのではなく、世界各国各地域の中で判断しようとする意識と感覚が自分の中に育ってきました。

それは日本の常識で外国のことを判断しようとするのではなく、その外国が世界の平準でどうなのかを考える感覚です。その視点で日本を見ると、世界の平準との比較において変わっていることが多々感じられます。

それが経済面について言えば、結果的に日本を世界第二、三位の大国にした原動力であったと思います。敗戦で疲弊し資本も資源も少ないアジアの小国が、なぜ世界の経済大国として発展することができたのか?それは日本固有の労働風土、社会環境、集団協力意識が大きく寄与しているのではないかと考えます。

しかしながら政治面について言えば、それらが逆に作用しているのか別の要素が更に加わったのかは判りませんが、世界の中で存在感のない国のままでいるのは残念な事実と思われます。良いことを良いことと認識し、それを伸ばす努力をすることは意義があると思います。自分は日本との比較だけでなく、外国諸都市との比較でバンクーバーが一番住むのに良い土地だと考えてこの街に来ました。今でもこの考えは正しかったと考えています。

何年も前のことになりますが、企友会で一日経済大学というテーマで、日本的経営はカナダでは成功するかというサブタイトルを付けたセミナーが行われました。顧客を大切にする(消費者は神様です)、お客中心主義のビジネスが果たしてこの自己中心主義のカナダで通用し、成功するのだろうかという(日本人ならみんな持っているであろう)素朴な疑問を論じ合おうというイベントでした。日本とカナダの両国でビジネスをしているスピーカー達の主張はYESでした。そしてそのスピーカーたち、セミナーに出席されていた人達は、今も日本的サービスを取り入れながらビジネスを成功させていると思います。 

バンクーバーは何年も前から、世界で最も住みやすい都市としていろいろなデータを総合して発表されています。本当にそうでしょうか?この街に住み、色々な不満を述べる人がいます。その多くは日本との比較ではないかと思います。諸外国の諸主要都市との間で比較してみてください。バンクーバーは飛び抜けて良い都市だと思います。他人の物は良く見えるものです。自分の物は貧しく悪く見えるものです。

でも実際には素晴しいものがそこに含まれていると思います。それを早く発見し、上手く利用することが、この国で、バンクーバーで、ビジネスにおいても生活においても、成功させる鍵になるのではと感じております。

企友会に関係する皆様に私の所感を申し上げました。

企友会元会長 アンデイ 九十九


PS このアンデイという名前は私の愛称ではありません。私の正式なカナダでの氏名です。カナダでは合法的に名前(希望すれば姓名ともに)を変えることが認められています。しかし日本の戸籍は変えていないので日本の名前は九十九洋一のままです。私は合法的に2つの名前を持っています。
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2009年07月22日

企友会会報 Breeze 2009年7月号から

早いもので私がカナダに住むようになって今年で23年になります。当地に初めて来たのはバンクーバー万博のあった1986年ですが、その後わずか20年余 りの変化のスピードと濃密な中身は、間違いなく後世の歴史に一時代を画す事になるでしょう。即ち80年代の末にはベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦終結の幕 が下ります。そして折からのコンピューター技術の進歩、インターネット時代の到来とあいまって情報化時代、即ちグローバリズムが急速に進展しました。これ によって我々の生活様式や習慣、考え方までが一変しました。

一 方日本では89年に、長かった戦争と平和の激動の昭和が終わり、平成の時代に入るや花見酒のバブルが崩壊し、一転長い不況の「失われた10年」が始まりま す。そして新しい21世紀と共に、情報通信産業や自動車関連産業といった新興産業の発展に助けられ、日本経済はようやく不況を克服し上向きに転じて来た矢 先に、今度は米国発の金融危機によって、目下100年に一度と言われる世界同時不況の真っ只中にあります。こうして見ると実に凄まじい激動の時代が続いて いるわけですが、当然の事ながら、その時代に生きている一般庶民には、その時点時点では変化は分からない。相当期間過ぎ去り、改めて振り返ってみて初めて その歴史的変化に気づくものです。

そこで思うのですが、その時に起こった出来事の意味や重大性にその時点で気がつけば、未来もある程度予 知でき、歴史も予見できるはずです。ただしこれが出来れば問題ないが、それほど簡単な事ではない。しかし難しい事ではありますが、大筋の時の流れや先行き は、心構え次第で予知出来るのではないでしょうか。その為には漫然と新聞やテレビを見るのでなく、常にそのつもりでその日その日の出来事に強い興味を持 ち、数年後に我が身を置いてその意味や波及効果を考える習慣をつけることです。今起こっている事は数年先になっていかなる意味を持つのか、歴史になるのか を考えるのです。いわば歴史認識の「逆転の発想」です。先を見る目がある人というのは、即ちこの逆転の発想が出来る人の事であり、それがいわゆる成功者と 普通人との分かれ目になるのです。それは心がけ一つで身につけることが出来るのではないでしょうか。そしてこの発想、習慣をビジネスに応用すれば新事業創 出にきっと役立つはずです。

当地バンクーバーで万博が開催された1986年には、高層ビルはほとんどなく、当地は世界にもあまり名を知ら れていないカナダの一地方都市でしかありませんでした。万博後、その広大な跡地を香港財閥のリーカーシングループが、BC州政府より3億ドルで以後15年 間にわたり20億ドルを投入し、再開発する事を請け負いました。これは当時では相当のリスク事業でえらい事を考える、大方の向きは大丈夫かなと案じたもの です。余程の予知能力と自信がなければ出来ない事でしたが、資金力もあったのでしょう、さすが名だたる華僑、これを見事に当てて事業は大成功で今日見るよ うなバンクーバーの大発展に繋げました。華僑特有の豊富な情報網と資金力を持ち、経験もスケールも違う香港財閥だからこそ、将来の中国系移民の増大とバン クーバーのリゾート地としての発展性を適確に予測し投資決断をしたのでしょうが、これも普段の世界事情に対する強い関心と現在を未来に置き換える「逆転発 想」があったればこそ可能であったと思います。

ビジネスを志す者は常に将来何が起こるか、今日の出来事は将来どう発展するかを常に意識し て新しい仕事を考える癖をつけておくと、これはどこかで自分のビジネス発展に役立つ時があるはずです。その為には、日頃新聞やニュースなどで時事問題を勉 強し友人等と意見交換するなど、情報力を身につけるよう自ら努力することが必要でしょう。また、これら諸事情を色々な企画を通じて会員にあまねく広めるの は、取りも直さず企友会の大切な役目の一つである事は言うまでもありません。

企友会元会長 山縣洋三
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企友会会報 Breeze 2009年7月号から

過去に3本の長編映画やミュージックビデオでプロダクション・デザイナー(美術監督)として一緒に仕事をさせてもらったことのある、Damon Vignale監督と共同で、今、私はプロデューサーとして、ドキュメンタリー映画 "The Exhibition"の製作を進めています。

彼はこの2年半の間ずっと、ある一人のアーティストをカメラで追い続けてきました。アーティストの名前は「Pamela Masik」。ダウンタウン・イーストサイドで行方不明になった69人のMissing Womenの顔を巨大なキャンバスに描きつづけています。

6 月23日、Pamelaは女性シェルターへのファンドレージングを兼ねて、69枚の中で一番最初に描いたMissing woman「Mona」を公開し、テレビや新聞・ラジオなどカナダ全国のメディアはもちろん、アメリカのワシントン・ポストまでがそのニュースを伝えまし た。

69名の行方不明になった女性のうち、26名は連続殺人犯Robert Picktonの牧場で遺留品やDNAが検出されていて、そのうち6名だけが立件されましたが、残りの20名に関しては、DNAは見つかったものの、証拠不十分として取り下げられていました。

6 月25日、ドキュメンタリーの撮影を通して知り合い、私の事をとてもかわいがって下さっている被害者の家族の一人、Aさんに付き添い裁判所へ向かいまし た。家族や友人は別室で待たされ、そこにはVictim Servicesのメンバーが家族の心のサポートのために来ていました。予定の時刻になり検事が入ってきて、そこで聞かされた判決は被害者の家族にとって 納得のいくものではありませんでした。涙ながらに訴える被害者の家族…。私も流れ出る涙を止めることが出来ませんでした。ダウンタウン・イーストサイドで 行方不明になっている69名の女性一人一人に、辛い思いをしている家族がいます。その中の一人であるBさんの妹も、Picktonによって殺害された可能 性が高く、26名のリストの中に入っています。Bさんは私に、彼女の妹が12年前の今日6月25日に電話をくれたのを最後に、行方が分からなくなってし まったことを話してくれました。妹さんは、これから人生を立て直すために頑張り始めたばかりだったそうです。

昨年の調査によると659人 のホームレスの人達がダウンタウン・イーストサイドで暮らしていて、その内の276人はシェルターに入っていますが、383人は道端で暮らしています。メ トロ・バンクーバーに住んでいる私達にとって、こんなに身近で起こっていることなのに、見て見ぬ振りをしてしまいがちなダウンタウン・イーストサイドが抱 える様々な課題。視線を広げると、世界中の様々な場所で様々な人々がそれぞれの問題を抱えています。ドキュメンタリーを通して人々に事実を伝えることはも ちろん、この映画を見た人々がそれぞれの問題から目をそらさず、立ち上がり、何かを始める勇気を与えられればと願っています。

映画製作に携わる私にとって、全く違った業種で活躍されている方々と幅広くネットワークを持つ事ができ、日頃知る機会のない貴重なお話を聞かせていただいたり、様々なテーマについて学ぶ事ができる企友会の活動は本当に素晴らしいと思います。

昨年から理事の一員として、参加する側から企画・運営する側へと立場が変わり、月一回の理事会を含め、深く企友会の活動に関わらせていただくようになり、いかに企友会で得た人々の繋がりが温かく、学びに満ち、成長していくための励みになっているのかを実感しています。

会員の皆様で最近、講演会や勉強会、懇親会やイベントなどにお越しになられていない方がいらっしゃいましたら、是非足をお運びいただければと思います。
また、まだ会員になられていない方も是非お気軽にご参加いただき、ネットワークの輪を広げていただけると嬉しいです。

企友会理事 山本美穂
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2009年06月13日

企友会会報 Breeze 2009年6月号から

6月。ここバンクーバーでは最良といえる季節がやってきました。皆様は如何お過ごしでしょうか。

昨今は通信技術の発達やさまざまな情報の氾濫で、バンクーバーに居ながらにして日本の出来事や世界の動きを簡単に知ることができますし、また日本にあっても、同様に世界の出来事をすぐに知ることができます。もちろん、バンクーバーにいてもカナダの出来事をほぼリアルタイムで日本語で知ることさえできます。従って、バンクーバーに来られてまだ1年の方でも、すでに20年の歴史のある方でも、日常生活を送る上ではさほど遜色のない情報が手に入っているものと思われます。

しかし一方で、あまりにも簡単に、そしてあまりにも多くの情報が入ってくるために、かえって集中力が低下し、あることを深くゆっくり考えてみるといった機会を失いがちになっているとも言えるのではないかと思います。

去年から今年にかけて、日加修好80周年の関連記念行事がたくさんありました。これはオタワに初めて日本公使館が開設されて以来、80年が過ぎたことを記念したものですが、過去を振り返り資料を紐解けば、多くの先人たちがここバンクーバーで生活し仕事をしてきた足跡を知ることができます。

今、手許に宮城学院女子大学の山形孝夫名誉教授が著された「失われた風景−日系カナダ漁民の記録から−」という本があります。及川甚三郎率いる83名の宮城県出身者が水安丸という船を仕立ててカナダに密航してきた、という事件とその顛末を記録した本です。今からちょうど100年ほど前の出来事です。水安丸は当時軍港であり警備の厳しかったビクトリア港に入ってしまい、全員が当局によって逮捕されてしまいます。それを当時のバンクーバー領事館の書記官であった吉江さんという方の粘り強い交渉で、全員解放という結果を得ます。(この吉江書記官のお孫さんがかつて当企友会の理事をされていて、一緒に仕事をしたことを思い出します。)

その後も水安丸グループは過酷な生活を余儀なくされますが、漁業関連の仕事でがんばりぬきます。このほかにも大勢の日本人移住者たちがここバンクーバーで日々の営みを築いてきました。こうした生活記録を含めた書籍は数多く出版されています。そこには、逆境にあっても決して音をあげなかった人々の姿があり、慣れない土地での生活と仕事に向けた工夫のあとが読み取れます。またこうした書籍に留まらず、かつての日本人街であるパウエルストリートに往時の日本人ビジネスマンの名前を冠したビルディングが残っていたりして、その成功と当時の賑わいを想像することができます。

情報が氾濫している現在、ともするとここが外国であることを忘れてしまうことさえあります。しかし伝統も文化も母国とは異なる外国であることは紛れもない事実です。先人たちの足跡を拾いながら、ここでの生活とここでの仕事について、ゆっくりと捉え返してみる好機ではないでしょうか。これからの、ビジネスを含めた「暮らし」のヒントに必ずや遭遇することがあるだろうと信じます。

企友会元会長 久保 克己
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企友会会報 Breeze 2009年6月号から

俗に「タダほど高いものは無い」と言われますが、インターネットの世界はこの「タダのもの」であふれています。

ネットサーフィン(すでに死語?)に欠かせないブラウザも、十数年前は $50 程度の料金を支払ってソフトウェアを購入しなければなりませんでした。私もNetscape Navigator を5千円程度の料金で購入したのを覚えております。

有料のブラウザを無料にしたのがMicrosoft で、Windows パソコンにInternet Explorer を含めて配布しました。Eメールソフトも同様に、無料のOutlook Express がパソコンに付いて来るようになり、ほとんどの人はお金を出してEメールソフトを買わなくなりました。

そして現在では、Hotmail、Yahoo!mail、Gmailと、オンラインベースのEメールは誰でも知っているほど多くの人々に利用され、Googleドキュメントに代表されるオンラインベースのオフィスツールは、本家Microsoft のワードやエクセルに迫る機能と利便性を無料で提供し、こちらも認知度が年々高まっています。

オンラインサービスでしのぎを削るMicrosoft とGoogle ですが、5月末にそろって、両社が今後進むべき方向を暗示しているようなプロジェクトを発表しました。

Microsoft は「Bing」(ビング)という名前の検索エンジン(www.bing.com)を発表し、これまでと同様の検索に加え、商品を検索する場合、検索結果を商品の値段別や評価の高い順などに並び替えられたり、そのリンク先で商品を購入出来るなど、検索結果の利便性を追求しています。

商品に限らず病気(例:headache)などを調べると、薬を表示したり、「症状」、「原因」などの検索した病気に関連した検索結果もボタンクリックで簡単に表示してくれます。(これらの機能はまだ、日本語での検索に対応していません。)

Microsoft はこれを「意思決定を助ける検索エンジン(Decision Engine)」と位置付けており、検索に利用されるサイトのシェアで、Google に大きく出遅れているMicrosoft が示した、同社の戦略ツールの一つであり、今後宣伝費用に8,000万ドルから1億ドルをつぎ込む計画だそうです。

一方Google はGoogle Wave(http://wave.google.com)という、瞬時にメールやドキュメント、写真などを共有編集が出来るサービスを発表しました。

文章で書くと非常に分かりにくいですが、Eメールやチャット、写真共有、議事録などの文書作成機能を統合し、より早く正確にインターネット上でコミュニケーションをとるためのツールと言ったところでしょうか。

こう書いても分かりにくいのは当然で、まだまだソフトウェア開発者に向けての発表であり、公開した基本機能を、いかに使いやすく既存サービスに組み込むかが今後の展開を左右する段階だからです。(上記ページにGoogle によるデモ動画がありますので、興味のある方はご覧下さい。1時間20分ありますが…。)

これらの発表を見ていると、今後もどんどん「タダのもの」が出てきそうですが、我々に取ってはそれらをいかに自社ビジネスで使って行くのか、また果たして使えるのかが分からない限り、どうしようもありません。

企友会理事会では昨年より、それらの「タダのもの」特にGoogle ドキュメントやGmail を積極的に利用し、文書の共有管理を行っています。

全てを使いこなしているわけではありませんが、これらのサービスは「スモールビジネスの救世主」とは言い過ぎかも知れませんが、コスト削減やビジネスの迅速化にかなり役に立つのではないかと感じています。

今後、理事会がどのように「タダのもの」を利用しているのか、少しずつですがお知らせしていく予定です。
企友会理事 馬場 康至
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2009年05月24日

企友会会報 Breeze 2009年5月号から

自分でビジネスをやったことのない公務員の小生にとりまして、企友会の皆様にビジネスについてお話してもなかなか説得力がないのですが、昨今の金融危機を見て、小生が役人になった頃に、上司の課長から言われたことを思い出している今日この頃です。そのことについて少し書いてみたいと思います。「カラスは白い」という話です。

社会人という組織の中で、上司から「カラスは何色だ」と聞かれて、当たり前に「カラスは黒です」と答える。にもかかわらず上司は「本当に黒か、黒くないカラスもいるんじゃないか」と問いを繰り返す。しつこく繰り返す上司に、やがて「黒くないカラスもいるかも知れません」と答える。すると上司は「白いカラスもいるんじゃないか」と言い出す。面倒くさくなって「白いカラスもいるかも知れません」と答える。すると上司はさらに「カラスは白なんじゃないか」と問いかける。しつこい上司に埒があかないので「カラスは白です」と答える。こう答えてしまったが最後、上司は間髪入れずに「カラスはなぜ白いか答えろ」という。「いやいや、私は最初から黒だと言ったじゃないですか」と言ってももう遅い。「今、お前はカラスは白いと言ったじゃないか、だからその理由を述べろ。それがお前の仕事だ」と言う流れの話でした。

勿論これはたとえ話で、話の結末は、役人の仕事にはこういう「カラスは白い」式の仕事が多いが、こうした仕事はその場しのぎの仕事で、いずれにしても先がないというものでした。
 
組織にしか属したことのない小生にとって、ビジネス起業の大変さは正直分かっていないのですが、書店でよくビジネス起業の成功体験について書かれている、いわゆるハウ・ツー本をよく目にします。しかし、ビジネスの成功を続ける秘訣を書いたものはあまり見かけません。当たり前かも知れませんが、たぶんビジネスの起業よりも、成功を継続することの方が難しいのだと思います。
 
勿論ビジネスもきれい事だけでは済まないのは承知していますが、前述のような会社という組織だけでなく、個人でビジネスを行っている場合でも、また日常生活の中でも、自問自答している時に「カラスは白い」のロジックを使っていないかを折々にチェックしてみることは、昨今のように不透明と言われている時代においては有益なのかも知れません。

あるいは逆の見方をすれば、これまでが不透明な時代だったために「カラスは白い」が通用したのであり、むしろビジネスをするにはクリアな時代になってきたと言えるのかも知れません。

企友会顧問 星 勇一
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2009年05月23日

企友会会報 Breeze 2009年4月号から

最近私のところに新規ビジネスに関する相談がよく舞い込んできます。海外でビジネスをというマインドをもつ人が少し増えてきたのでしょうか?

確かに日本の市場を見ていると既に飽和状態でニッチマーケットを狙うにもその隙間すらない状態です。おまけに日本の場合、新規アイディアを出してもすぐに真似されるため、結果として価格競争に陥ることになり、大手に惨敗するケースも多いのではないかと思います。

その点、私があちらこちらで指摘しているのは海外におけるビジネスは隙間だらけだということです。そして、それに追随しようとする追手も少なく、工夫を凝らせば追手すら来ない状態です。

日本で雇用調整が進み、閉塞感が漂う中、外の世界でチャレンジしようとする人が少しでも増えてくれば、私どものように海外で頑張っている日本人ビジネスパーソンとしてうれしい限りですし、もっと応援したいと思っています。

海外でビジネスをする場合、もちろん、事業の種類、手腕、アイディアなどたくさんのビジネスツールと知識をベースにしてようやく形作られます。それを一人でやろうと思ったらとても大変ですし、間違いを犯すこともあるでしょう。

企友会というのはそういう方々のための会だと思っています。分からないことを気軽に聞ける人々が集まっている実に便利な会なのです。バンクーバーで四半世紀以上も頑張っている会員さんからバンクーバーに来たばかりのフレッシュマンまで、パフォーマンスを更に改善しようと仲間達がそろっています。

もちろんネットワーキングという形で人の輪を作ることも我々の目的の一つですが、知り合いの関係にとどまらず、お互いが持っている知識や経験を基に共存共栄できるしっかりした日本人ビジネスグループを作り上げていくというのが、あるべき方向ではないでしょうか?

我々は今、いわゆる景気調整期の真っ只中にいるわけですが、このときを利用してしっかり充電してジャンプアップするときに備えたいものだと思いませんか。

企友会理事 岡本 裕明
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