企友会(バンクーバー日系ビジネス協会)カナダビジネスコラム&イベント報告

コラム & イベント報告(会報)
カナダ(バンクーバー)のビジネスに関するコラムや
企友会主催イベントの開催報告を掲載しています。

2017年07月22日

2017年6月28日開催 パティオdeトーク開催の報告

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先月開催されました、パティオ de トーク



写真のとおり、Guu Gardenのパティオで🍴と🍺と😃😃😃の三拍子が揃った集まりとなりました。



初参加の企友会ボランティアお二人のレポートから、どんな雰囲気だったか伺ってみましょう🎶



🎬 まずは、法幸勇一さんから。


6月28日に三回目となるパティオdeトークを開催いたしました。最高の青空の下、今回もGuu Gardenにて美味しいおつまみとお酒を楽しみながら行われました。前回を凌ぐ、20名を超えるメンバーが集まり、自己紹介、バンクーバーの生活、今後のビジネス、企友会の成り立ちなど様々な話題で盛り上がりました。新しいメンバーも加わり、予定時間を過ぎても席を立たずに笑顔で語り合う光景を見て、今後も大切に育てていきたい会だと改めて実感させられました。次回のパティオdeトークの開催が今から待ち遠しいです。




🎬 お次は、佐々木豪さんより。


今回、初めて企友会のイベントに参加させていただきました。ユニークな方が多く、とても楽しい時間を過ごせました。そして、人と人との絆の大切さを改めて感じました。日本にいるとなかなか気づきにくいことですが、日本人同士の繋がりの大切さを改めて感じました。

また、様々な業種の方が集まっていたので、いろいろなお話もお伺いでき刺激的なトークになりました。

今回はありがとうございました。





そうなんです!ほんとにそうなんです。

『ユニークな人』たちとの出会いの会話の中で耳寄り情報や思わぬ気づきなどがある場で、『大切に育てていきたい会』なんです💓



次回のパティオ de トークに、みなさんのお越しをお待ちいたしております。


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posted by k-column at 14:41| イベント開催報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月18日

夏本番

2017年も早いもので、一年の半分が過ぎました。

バンクーバーも晴れた日が続き、街中でサイクリングしている人を見かけると、夏が来たなぁと感じます。私も2年前にトロントから移動して来て、今ではすっかりバンクーバーの夏が好きになりました。

夏になると、毎週様々なイベントがあり、今週はどこどこに行こうなど週末が楽しみになります。

企友会でも毎年、皆さんに興味のある、また喜んで頂けるように年間のイベントを計画しておりますが、今年は新しいイベントとして、「ばんてら」も始まり、参加者からはご好評を頂いております。

今月には、ばんてらとゴルフ大会があり、来月にはBBQ大会があり、夏のイベントが盛りだくさんです。毎年多くの方にご参加頂いておりますので、是非、今年も楽しい時間を皆様と一緒に過ごしましょう!

短い夏を楽しみましょう。

企友会理事 高岡利和


posted by k-column at 08:46| 理事の挨拶文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月12日

2017年4月5日 総領事館主催 安全対策連絡協議会のご報告

2017年4月5日、在バンクーバー日本国総領事館にて、安全対策連絡協議会が開催されました。

当地バンクーバーは、海外でも比較的安全で地震も少ない地域ではありますが、万が一の際には自身や家族等の安全確保を行い、避難等を行うことは非常に重要です。日頃から、自身で安全対策を行い、また各地方自治体の防災対策や総領事館の緊急時の対応についても理解をしておきましょう。

総領事館の安全情報については、こちらのホームぺージをご参照ください。
http://www.vancouver.ca.emb-japan.go.jp/itpr_ja/consular.html

また外務省海外安全ホームページは以下の通りとなります。
http://www.anzen.mofa.go.jp/

以上
企友会理事会

posted by k-column at 07:56| その他報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月28日

「今、なぜ『ばんてら』なのか?」

企友会で新企画、「ばんてら」が始まりました。なんだろう、といぶかしげに思っている方もいらっしゃるでしょう。

私は昨年のブリーズで「企友会は存続できるのか」という提言をしました。それは例えNPOであっても時代とともにその存在理由、目的意識、はたまた会員のマインドは変化し続けるのだという考えがあるからです。過去の行事をそのまま追いつつける前例主義は日本の役所や大企業と同じで何ら成長を期待できないと思っています。


では何をやればよいのか、これは会員ひとり一人が考えなくてはいけません。この「考える」というプロセスを案外、怠っている人が多いのではないでしょうか?


例えば皆さんの1週間はどうでしょうか?朝、決まった時間に会社に行き、言われた作業をこなし、仕事が終われば個人の時間を楽しみ、家族と団らんするという一連の流れが今週もいつの間にか始まり、いつの間にか終わっている人が多くないでしょうか?それはそれが楽だからというのがあるでしょう。人生楽しまなくては、という発想のもと、買い物したり、友人と食事をしたり、スポーツをしたり、といった平坦なライフがあるのです。


昨年、スコーミッシュのチーフに登りました。あるいは年に1-2回はグラウス グラインドに行きます。いつも思うのは、「なんでこんな上り坂を汗だくになって苦労して息絶え絶え登らなくてはいけないのか」です。ハイキングという点からは登った後のあの爽快感や景色がたまらないということなのですが、私は制覇したという気持ちが先にあります。


それは川を登る鮭と同じかも知れません。流されず、一度の人生を上り詰めてみたい、そしていろいろチャレンジしてみたいという貪欲の塊なのだろうと思います。


企友会がどうあるべきか、もはや理事がイベント係をする時代ではないと思っています。会員皆さんが考え、一緒に会を運営していきたいと思っています。年会費を払っても一応幽霊会員ではなくて、皆さんが参加し、一緒に考える会になればと思っています。


「ばんてら」では我々はなぜ、カナダに来たのか、なぜ、カナダで仕事をしているのか、僕たちはカナダ人社会に溶け込んでいるのか、などカナダライフの第一歩目を振り返ってみるテーマが並びます。案外、忘れてかけていたあのカナダに来た初日のことを思い起こすかもしれません。希望と不安を抱えてやってきた新天地に自分は何を求めていたのか、その強い思いをもう一度呼び起こすきっかけになったらと思っています。そして、合わせて企友会のメンバーとして会員が今、すべきことは何なのか、会員の誇りやプライドは何なのか、もっと熱血漢になって汗を流してもよいのではないかと思い、「ばんてら」を企画しました。


皆様の積極的なご参加を期待しています。恥ずかしがらずに我々と机を囲んでお話しませんか?


企友会理事 岡本裕明



posted by k-column at 13:04| 理事の挨拶文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月18日

私のチャレンジ。

みなさんこんにちは企友会ボランティア担当の松尾です。

子供の頃から海外に出たくて海外で通用する仕事は何かと本屋で立ち読み、自分にはこれなら出来るなと高校卒業後、歯科技工士になる事を決めました。

当時両親が離婚、専門学校に行くお金など無くなんとかたどり着いた東京都学生資金融資制度、卒業後東京で就職4年間、借金を返しながら修行を経て、なんとかアメリカ行きの所までたどり着き、ニューヨーク支店希望でしたが最後の最後でロス行きに変更、2年のビザを頂きロス支店で働き始めますが、旧日本軍方式の社内環境で8ヶ月でノイローゼになり耐えきれなくなり会社から家に帰らずバス停で色々考え始発のバスに乗りました。行き先もわからないバスに乗ったため迷子になり空港に行くつもりがなぜかバスはディズニーランド入場口へ、いろんな人に助けてもらいなんとかLAXにつきそのまま日本へ夜逃げしました。

気持ちを落ち着けようとコンビニでバイトしたお金でバンをキャンピングカーに改造、日本一周の旅へ。高速道路は使わず宿泊は道の駅で。いろんな旅人と会って、いろんな人と話ができて良い思い出です。
自殺しようと死に場所を探して徒歩で旅してる若者にも会いました。本格的キャンピングカーでリタイア生活を旅をしながら楽しんでる老夫婦に若いもんは働きなさいとお叱りを頂いたこともまだ覚えてます。
約2ヶ月の自分探しの一人旅も結局自分が見つからないまま終わり
また振り出しに戻り東京で就職、その頃付き合ってた彼女と同棲を始め何年か経ち、そろそろ結婚の話が出そうな頃にこのままで良いのかと自問自答の28歳。
このまま日本で良いのかと考えぬいた結果、子供の頃からの夢だったパイロットを目指す事を決意、夜中に彼女に土下座で謝ってカナダに行ってパイロットライセンスを取りたいと説明しますが同意は取れず、ワーホリビザを取って2002年に片道切符と20万円バックパックひとつで今度は日本からカナダに夜逃げ状態でやってきました。

デービーストリート近くのユースホステルで約2週間のステイ、バンクベッドの枕下に隠して置いた財布を盗まれ残金はジーンズの中にあった$20。やばい状態でしたがなんとか仕事を見つけ、平日の昼は花屋のトラック運転手、夜はパブでバスボーイ、客の残飯を食べて食いつなぎ、土日は引越し屋と芝刈りで資金を作りラドナーにあるバンダリーベイ空港内のフライトスクールに入校。がしかしワーホリビザが切れるため仕方なく歯科技工士をもう一度引っ張り出しジョブハント。働けるビザを持っていない為全て断られ途方にくれました。
最後に面接に行った会社でヤケクソになりタダ働きでも良いから働かせてくれと懇願、断られ続けましたが朝から晩まで勝手に会社内を掃除し技工の手伝いをしてる間に社長が折れてくれて、弁護士に頼んでワークビザの準備書類を持ってきたらサインしてやるとのお言葉。訓練費に貯めて置いたお金を全て弁護士に託しワーク申請、ビザが降りるまでの3ヶ月は本当にお金が無く死ぬかと思いましたが、周りの友人が現金商売を紹介してくてなんとかしのぎました。

歯科技工所の社長その他の方々に本当に助けられ順調に訓練も進み、操縦士免許取得と同時に結婚、日本の航空会社から内定も頂き2009年に日本に完全帰国。
日本の事業用操縦士の取得試験も終わり順調に日本でパイロットの道に進むかのように見えてましたが夫婦間が悪化、嫁の暴力に耐えられなく家出をするように。
航空会社からも話が一転、副操縦士訓練生17人の中から今回は2名しか取れなくなったと。同期15人は路頭に迷いました、教室内で失神して救急車で運ばれる同期などもいました。結局私は離婚、日本国内で仕事も取れなかった為カナダの以前働いていた歯科技工所に戻ることに。慰謝料と訓練費1千万以上の借金を抱え日々ただただ働いてる毎日が過ぎました。
昼も夜も働き毎月給料のほとんどを日本に送っていた為かなりダークサイドな生活で、何回かアパートのベランダに立って飛び降りたら楽になれるなと考えましたが根性がない為結局できず。

色々な人に助けられ自分の会社を設立することが出来るようになり昼間は会社員、夜は自分の会社を設立し個人事業主となりましたが長く続かず、結局倒産。取引先に多大な迷惑をかけそして借金。今回は少し成長したのか夜逃げはせずコツコツと借金返済、いっぱい働けば早く返せるということは学んだようです。

空を飛んで学んだように上昇気流があったら必ず先には下降気流があります。備えて理解してれば防げる事故もあります。私はバカなためにそれがわからずいっぱい怪我をしてきました。

現在43歳、バカもいい加減にとは言いますがそろそろ落ち着いて夢を叶えたいと思ってます。自分で命を絶たない限り死ぬことはないでしょうし人生一回だけだと思ってます。

チャレンジ精神があれば人は大体のことはできるんだと思います。ただ人間をやってる以上人との関わりは外せないと私は思っていますのでお世話になってる方々、これからお世話になる方々、それ以外の方にも奉仕できれば良いなと考えます。人生半分を過ぎてしまった以上出来ることが限られると思うため、最近はスピードアップしないとなとも考えています。

長くなりましたが読んで頂いてありがとうございます。

これからも夢に向かって飛び続けていきます。

企友会理事 松尾清春
posted by k-column at 08:25| 理事の挨拶文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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